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                              百周年にあたり 

                              桐生西宮神社
                                                  世話人総務 関口保次 

桐生西宮神社は、えびす総本社である西宮本社の直系分社として、明治三十四年十一月二十日分霊勧請されました。御祭神は、蛭子大神(ひるこおおかみ)さまで、鎮祭地は、美和神社の聖地に、相殿神(あいどののかみ)として奉詔遷座されました。
関東一社の称号を冠した、桐生西宮神社の秋季大祭は桐生ゑびす講として、確かな御神徳とともに、明治34年以来100年にわたり関東一の賑わいとして引き継がれております。
今年、桐生西宮神社は記念すべき遷宮100年をむかえることができました。このことは、参拝者の皆様はもとより、桐生警察署、桐生広域消防署、地元ご町内の皆さん、織物関係、商店関係をはじめとする産業界の皆様、書き尽くせないほど多くの皆様方のご理解ご協力によるものと深甚より感謝申しあげる次第です。
さて、昨年来、このたびの100周年を迎えるにあたり、桐生の恵比寿講の歩みを編纂しておく必要性が、当社世話人の中から論じられていました。しかしながら、当社保存の資料と地域の歴史資料、関係文献、或いは先達からの聞き取り資料等の収集や文の作成は誰がするのかと言うことになると一同沈黙が続くばかりでした。
そのような中、昨年文化庁からの委託での事業として、全国の郷土の祭出版事業として、桐生市においてもいつつかの祭典がノーミネイトた中に、当社の秋季祭典があり、取材の申し出が、今回の著者である平塚貞作氏よりありました。氏の卓越した識見とその取材ぶりに接しさせていただき、前原宮司、世話人諸兄にもご相談をし、今年のはじめに、平塚氏に執筆をお願いすることになりました。
当初は、固辞なされたのですが、何とかお願いをし、資料集めや写真集めが始まりました。
古文書の解読、参考文献の研究、取材、写真集め等、当社世話人の編集委員もお手伝いをさせていただき、とりまとめに入りました。あらかた完了したとき、本社並びに関西に取材にいっていただきました。その時、本社吉井良隆宮司をはじめとする神職の方とも取材をさせていただき、原稿をみて、恵比寿信仰の研究では第一人者で、皇學館大学の教授をお勤めになった、吉井宮司が、文章、調査力をはじめその内容に対し、賞賛を与えてくれたと同行の編集委員より聞き及んでおります。
そのような中、神社史といった表現方法ではなく、どなたにも分かりやすいように、題目もかたい題目ではなく、「えびすだいこく福の神」として出版の運びとなったわけです。
この出版にあたり、大変なご苦労をおかけしてしまった著者の平塚平作様、そして、本社宮司吉井良隆様、権宮司吉井様、前原宮司様、貴重な写真を提供していただいた斉藤利江様、大澤信治さま、4丁目川崎鉄二頭、そして世話人各位の皆様には、多大なるご尽力を頂き衷心より感謝申しあげる次第です。
結びに、桐生西宮神社諸行事ににご理解を賜りますようお願い申しあげ、百周年記念誌出版のお礼のご挨拶とさせていただきます。

 

 

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